2021-06-17 第204回国会 参議院 議院運営委員会 閉会後第1号
岩手県内においても、感染者が出ている盛岡市の公道での聖火リレーは中止となりました。オリパラを開催するのであれば、大会成功の鍵は、いかに感染拡大を抑えるか、いかに感染の再拡大を繰り返さないかに懸かっていると思います。
岩手県内においても、感染者が出ている盛岡市の公道での聖火リレーは中止となりました。オリパラを開催するのであれば、大会成功の鍵は、いかに感染拡大を抑えるか、いかに感染の再拡大を繰り返さないかに懸かっていると思います。
実は私も子供の頃から郷土芸能に携わっておりまして、獅子踊りや、今日は高橋副大臣が見えていますが、盛岡さんさ踊りなどで太鼓や笛、ここでいう無形民俗文化財に関わってきました。地域文化に根付き、神社への奉納やお祭りへの参加など、日本の和の心を大切にこれまで活動をしてまいりました。
○国務大臣(平沢勝栄君) 今委員御指摘のとおり、岩手及び宮城の復興局につきましては、復興の課題が集中する沿岸地域に組織の軸足を移すためにそれぞれ釜石市と石巻市に移転して、盛岡市と仙台市に支所を設置することとしたところでございます。 今後、被災者支援や産業、なりわいの再生、土地活用の推進などの業務に一層取り組んで、現場主義の徹底により復興の更なる加速化を図っていきたいと考えております。
岩手県は、沿岸部に行くためには、どこに行くにも、盛岡市や花巻市、一関市など新幹線駅のある最寄りの都市から二時間以上はかかる、そういう大変な苦労をするのが常識でありました。今般、三陸沿岸道が、復興道路として全線開通しましたので、大分便利になったということはあると思います。
また、東北新幹線、那須塩原から盛岡間においては現在も運転を見合わせておりまして、これは架線を支える電柱が相当やられておりまして、復旧には十日前後かかると見込まれております。この代替交通手段を確保すべく、今、鉄道事業者、バス事業者、航空事業者に協力を国交省から要請をしておりまして、各社と連携しながら、調整が整ったものから順次開始しているところでございます。
また、東北新幹線の那須塩原駅から盛岡駅間における運転見合せや常磐自動車道における土砂崩れなども確認をされており、関係機関において早期の復旧に努めているところであります。 政府としては、人命第一の方針の下に、自衛隊を現地に派遣するなど初動対処に全力で当たってきました。
盛岡から新青森まで、これは二〇一〇年に全線開業済みです。整備計画決定から三十九年目に完成をしております。 二つ目に北海道新幹線。これは新青森から札幌までですけれども、二〇一六年に新青森から新函館北斗が開業済みで、二〇三〇年度末に札幌駅が開業すれば全線開業ということになります。 三つ目は九州新幹線鹿児島ルートです。二〇一一年三月、東日本大震災発災直後に全線開業しております。
私も、この間、先週末も岩手県の盛岡市で、首長の皆さん、また観光関係、公共交通関係の皆さんと三時間近く懇談をしてまいりました。実は三十一カ所目でございます。
独立行政法人国立病院機構盛岡医療センターのお医者さんがこういうふうに、事態は深刻になってきているということで書いていらっしゃるので、ちょっと聞いてください。 二〇〇二年の専門外来開設当時に受診される患者さんの発症のきっかけは建物関係が多く、シックハウス症候群が半数を占めていました。
四月十五日のときは三大祭りだけを言いましたけれども、東北でいうと、盛岡のさんさ、福島のわらじ祭り、山形の花笠、全て中止です。来週は、北海道のYOSAKOIソーラン、京都芸術花火大会、これも中止になりました。来月、東京は隅田川の花火大会、大阪の天神祭り、八月は、長岡の花火、高知のよさこい、博多祇園山笠など、私が名前だけでもよく聞くような有名な祭りが全部中止になっております。
また、御指摘の盛岡と仙台には、これまで行ってまいりました業務の継続性の確保の観点から、それぞれ復興局の支所を置かせていただきたいと思っております。 いずれにしましても、復興・創生期間後の新しい体制が円滑に整いますよう検討を進め、対応してまいりたいと思っております。
また、岩手県及び宮城県の県庁所在地である盛岡市と仙台市の事務所は支所としてそれぞれ残すという理解でよろしいのかどうか、お答えいただきたいと思います。
○阿久津委員 盛岡市と仙台市に支所を残していただくということを改めて確認させていただいて、安心しております。情報収集、発信と県との連携ということを考えると、やはり何らかのものは盛岡市、仙台市に残しておきたいなというふうに思っていた次第でございます。 次の、復興庁設置について伺わせていただきます。
もう一点が、ネットで申し込むとき、例えば盛岡から新大阪まで新幹線で移動したいといった場合に、まず盛岡から東京まで申し込んで、そこからまた切り離されて東京から新大阪という二段階で、スルーで申込みができないという今仕組みになっているので、やはり利便性考えると、もう盛岡から新大阪までスルーで一度に申込みができて対応ができるような、やっぱりそういう、ネット社会ですから、それぐらいのことができるように是非改善
ヘルステック分野にも芽がありまして、盛岡市内のベンチャー企業が国産の抗体試薬を開発して迅速検査キットの量産を目指していると伺っています。この企業ですが、東北からライフサイエンス機器類を創出していこうということで、TOLICというアライアンスを構成して、そこには岩手医大も関与しているようです。
それで、報道によりますと、まだ感染者が唯一出ていない岩手県でもやっぱり影響が出てきていて、盛岡市の接客業の経営者の方が街頭で休業補償の充実を求める署名を集めていると。花巻市の東和温泉、このホテルでは三月は宴会のキャンセルが相次いで、売上げは昨年と比較しても六割減少したと。
発災当初から課題であった東北全体の東西の横断、要するに横串ですね、いわゆるミッシングリンクの解消に向けて、宮古盛岡横断道路、みやぎ県北高速幹線道路など、さらに三陸沿岸道路整備などが予算措置をされておりますけれども、今後の進捗状況についてお尋ねをいたします。
三陸沿岸道路や宮古盛岡横断道路などいわゆる復興道路、復興支援道路につきましては、被災地の復興に向けたリーディングプロジェクトとして早期整備に努めております。事業全長約五百七十キロメートルのうち、これまでに四百三十二キロメートル、約七六%が開通をいたしております。
特に、被災された地域で人口減少が著しく進んでいるという中で、きょうお配りしている資料、一ページ目を見ていただきますと、岩手県の県庁所在地である私の地元の盛岡市に、沿岸の被災された十二市町村から人口が移動する状況がずっと続いてきているわけですね。震災直後、二〇一一年は千三百七十九人の転入超過でした。もうすぐ九年になるわけですけれども、直近の二〇一九年でも五百六十三人、転入超過でした。
年末に視察した岩手県盛岡市立病院は、二百六十八床という中規模な病院なんです。そこで八床の感染症病床を維持していました。つまり、何にも使っていません。一類が二床あります。 二〇一四年のSARSの際に対応を急がれたんですけれども、実際に使うことはなかったんです。
内陸部にあります盛岡国道工事事務所の出張所、幾つかありますけれども、各出張所長が、携帯は通じない、雪は降っている、寒いという中で、ふだん道路維持管理をしている会社の社長を見つけ出し、そして頼み、よっしゃ、行きましょうと言ってくださる。 そして、道路啓開といっても、ごらんのように一面の災害廃棄物の海です。どこが道路法線かわからない。
それで、私は与党側にいさせていただいて、当初、私は一回生議員でございましたので、党幹部からは、当座、党の方から指示が出ない限り現場に入るなという指示がありまして、それで待っておったんですけれども、なかなか指示が出てこないという状況の中で、私ごとで恐縮ですけれども、一週間しない前後で、秋田まで飛行機で入って、そこから秋田新幹線で盛岡に行かせていただいて、盛岡から手配してくれた元議員二人と一緒にトラック
岩手県の盛岡市が年代別の離農理由を書いて調べています。高齢化、それから後継者がいないのに続いて、次が、きつい労働の割には収入が不安定というのが三位なんですね。そして、JA北海道が二〇一四年に公表した離農調査では、後継者がいるもののTPP交渉、投資への不安感から経営を断念したという答えが離農農家の三〇%いたわけですよ。 農政で大事なのは、やっぱり生産者に希望を持ってもらうことだと思うんです。
肝腎のお答えですけれども、シンポジウムは盛岡、東京、松本の三か所で開催をいたしました。各会場百人規模ということを一応想定をしておったんですけれども、参加者数は、盛岡で二十八人、東京会場三十七人、松本で四十四人という、合計でも百九人ということ、これが参加の実数でございます。